緑がキラキラまぶしいこの季節になると、わたしもパパも高知の田舎を想う。
5月28日は義母の命日だから。昨年は三回忌法要で帰省したが、今年は帰省せずに自宅で手を合わせることにする。
そんな折、田舎のわたしの方の伯母から電話があった。アッコさんだ。亡き母の姉。どうしたの?
この度、引っ越すと。なんでも伯父ちゃんが(脳梗塞で)車椅子の生活になってしまい、夫婦そろって施設入居となったらしい。ああ…アラウンド90歳だから無理もない。
そうか、あのお家を出るのね…。伯父ちゃんの実家である小さな家。庭も畑も手入れが行き届いていてこざっぱりとして…好きだったな。ゆずの木があって、豊作の年は送ってくれたっけ。

2年前の6月の帰省時の写真。⤵

ここ数年は毎年訪れていたから…とても寂しい気持ち。
伯父伯母夫婦も家を離れるのは寂しいだろうな、さぞかし。
といっても、もともと伯母家族は長く大阪に居住していた。定年前までは、息子さん家族と2世帯住宅に住んでいたのだ。家財道具もいっぱいあっただろうに、定年を機にそれらをほとんど処分して田舎に移り住んだのだ。
40年ほどの都会暮らしがあったからこそ、モノよりもこの景色と空気が何よりの宝物だったのかもしれないな。

アッコさん夫婦の小さな暮らしは、わたしにとって理想的だった。(田舎暮らしはイヤだけど…)必要最小限のモノで身軽に暮らすのは憧れである。
これまでにおいてわたしが察するに、アッコさんは生活スタイルを臨機応変に変えられる人と思う。だから…この度の施設入居もなんとか受け入れられるんじゃないかな、と思う。
そんなポジティブなアッコさんだけれど…わたしは知っている。シワシワの皺にはそれなりに悲しみが刻まれていることを。電話の声はとても元気だった。くよくよしまいと気を張っているのを感じた。
施設入居が落ち着いたら手紙を書こう。昔…母がそうだったように、わたしの絵を喜んでくれる人物なんだもの。

帰省の際、パパはいつも道に迷うんだけれど、目印は家の横の大銀杏だった。もう…このお家に立ち寄ることはないのかな。
さようなら大銀杏。



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