テレビの録画をチェックすると、予約していた「わたしたちの天然生活」という番組が録れていた。
雑誌の「天然生活」の関連番組。
さっそく観る。
モデルで女優の菊池亜希子が、挿花家の雨宮ゆかのお宅訪問をするという回。
そのお宅は雑誌などによく登場するので、知っている。
建築家の中村好文が建てたおうちだから、知っている。
中村好文の設計する家が好き。
木をふんだんに使ったおうち。コンパクト。小屋。
わたしは田舎で暮らしていた子どもの時、「学校に住みたい」と思っていた。
(正確に言うと学校の片隅のどこかを自分の住処にしたい、だ。学校全部は広すぎる。)
教室の板張りの床や廊下が好きだったから。
木の机や椅子や本棚の、木の温もりにも愛着を感じた。
当時の人はたぶん「板の間」は硬くて寒くて粗末で貧乏な印象を持っていて、きれいな畳や高価な絨毯、色のきれいなカーペットを良しとしていたように思う。(フローリングと言う言葉もなかった)
好文さんが設計する家は、わたしが子どもの時に住みたいと思っていた理想の木の家だ。
小学3年生くらいの時、父方のばあちゃんの家が新築になった。
長男である伯父家族とばあちゃんが住む家。
山の上にある昔ながらの茅葺屋根のお屋敷からふもとに下りて、平屋のきれいな家を建てることになったのだ。
田舎だから、親戚や知り合いの大工さんを雇って賑やかに建てていた記憶がある。
わたしの家ではないけれど、ばあちゃんの家だからどんなになるかわたしもワクワク。
家が完成して新築祝いの宴会が開かれ、もちろんわたしは隅々まで見せてもらった。
新しいのはうらやましい限りだが、わたしの感想は「う~ん…」と「?」だった。
どうしてここに応接間が?
どうしてここが玄関?
いとこにあたるお姉さんのお部屋はなぜこんなに狭いの?
ばあちゃんの部屋が暗すぎる…、等々。
たぶんわたしは、それらを父親か誰かに質問したと思うが、それなりの理由を聞かされたとは記憶するが、わたしにとっては残念なおうちだった。生意気だけど。
小学生だったわたしの遊びのひとつに「間取りを描く」と言うのがあって。
暇さえあれば夢のおうちの間取りを描いていたし、空き箱と紙で立体の家まで作ったりしていたものだから、本物の間取りはもちろん興味深々。
後になって母親から「あの家の設計はお父さんがした」と聞かされ愕然とした。
「わたしに考えてさせて欲しかった!」と無謀にも思ったことだった(小学生なのに)。
わたしだったら…わたしだったら…と何度も自分なりの間取りを考えたものだ。
わたしが中学か高校生の頃。
ばあちゃんはすでに他界していたが、時々その家に顔を出していたわたしは、伯母に失礼なことを言ったことがある。
「どうしてこんなに物が散らかっているの、私だったらもっときれいにする。」
と言い放ったのである。
だって伯母の趣味の物であろう習字の習い事道具や生活用品、あらゆるもので、床もテーブルも埋め尽くされていたし、いくつものカレンダーや思い出の写真や飾り物が貼り付けられ、ただ放置されているような有様だったから。
伯母は笑いながら、「じゃあかたずけてくれ」と言った。
わたしの家は狭くてボロだからどうしようもないけど、伯母ちゃんの家は広くてきれいじゃん(間取りはともかく)。
「もったいないよ」と言いたかったのだ。
そんなふうに子供の頃から「家」に興味があった。
自分の「家」に満足したことがないからだろう。
それは今も続いていて、写真を見たりしてあれやこれやと想像して楽しんでいる。
家のモチーフも大好き🏠。
もし自分の気に入った家を建てるとしたら、コンパクトな木の小屋だな、やっぱり。
(けっしてログハウスではない。)
それが手に入ったら…夢見ることも終わってしまう気がする。

好文さんが言ってた。
建築家は「家・ハウス」は作ることができるけれど、「暮らし・ホーム」まではつくることができない。
そこで暮らしていくことが大切なのですよ、と。


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