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わたしの「犬ねことの暮らし」

猫のこと・犬のこと

 パパも娘も外に仕事があるので、ほぼ日中はわたしひとりの生活だ。

家事をしながら食べたい時に食べたい物(家にあるもの)を食べ、雑事をしながら気の向くままに暮らしている。

先日買い物の時、元職場のパン屋さんに寄って久しぶりの同僚と会話をした。

「どうしてるんですか~、時間余ったりしてないですか…」というような心配をされたので、「…いや家の事で忙しくしてる…。逆に働いてる時どうやって家の事もしてたのかって思うよ。」と答え、「犬ねこもいるしね。」と続けた。

その後、ひとりになって「いや待てよ?わたしは犬ねこで忙しくしているか…?」と考えた。

その時ちょうど「ももちゃん散歩」に連れ出された後だったので、そんなことをつい言ってしまったが…。

豆柴ももちゃんの世話は基本みのちゃんがしていて、わたしが散歩に出るのは時々の事だ。そしてそれは自分の運動のためじゃないか。

わたしの犬ねこの担当の仕事は、両者のごはんと、ねこのトイレ掃除といった身辺の管理。寝床を整えたり…。そして何気に見守っているだけで特に重労働ということはない。

わたしから「犬ねこを飼っている」と聞いた人々はきっと、わたしが犬ねこを愛でて笑顔で遊んでいる姿を想像するのだろう。「動物が好きなんやね」などと納得する。

はたしてそうだろうか。…いやなんか違う。

現にわたしは犬ねこと「遊ぶ」ことが苦手。それはみのちゃんの担当である。犬ねこの方だって「老婆と遊んでもつまらない」と思っているだろう。

わたしは先にも言ったように気ままに暮らしていて、犬ねこもまた「気まま」に暮らしているだけなのだ。

5匹のうち3匹は「拾いねこ」で、言い方は悪いが仕方がないからうちに迎え入れた。ペットショップの2匹のアメショーは、社会人となり給料をもらうようになったみのちゃんの衝動買いによるものだ。どちらにしても行き場を求めた末、わが家で暮らすことになり家族となった。家族歴は長い子で13年、末っ子で8年。豆柴ももちゃんは3年…。

「遊ぶこと」以外に、わたしが大変と思う「病院に連れて行くこと」や「ペット用品の買い物」なども、みのちゃんが担当。このような役割分担があるのでやれている。

ももちゃんが、柴犬独特の困った顔で寂しげにしていると撫でてやったり、「おやつちょうだい」とせがまれたらついついあげたりして、かわいがっている。

でも5匹のねこに至っては、もはや逆にねこ達の住まいにわたしが住まわしてもらっていると言ってもいいかもしれない。

わたしの気に入りの椅子に丸くなって眠っていたら譲らないといけないし、「お腹すいた」などとニャーニャー訴えられたら従うしかない。「これじゃない」と文句を言われもする…。

のんびり映画鑑賞をしていたら、いつの間にかわたしの周りはねこだらけ。

わたしが寒くて被っている毛布に潜り込んだりフミフミされたり…。気がついたら一匹抱っこしていたりする。喉を鳴らすゴロゴロの合唱で映画のセリフが聞こえない程だ。

わたしと犬ねことの暮らしは、無意識のまま抱っこしてモフモフ撫でていて…そんな気の向くままの自然体な生活。

日々の暮らしで大変さはあまり感じない。

いや、怪獣ククちゃんだけには迷惑することが多いけどね。

それと家を長期間留守にはできないけどね。

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