先週の7月8日に、友人めほちゃんのおばあちゃんが亡くなった。「老衰」ということだ。
105歳だった(来月8月で106歳)。
肺炎を起こして危ぶまれた時期もあり、前もって葬儀屋さんと打ち合わせしたりしていためほちゃんだけど…なんだかんだとそれから1年が経とうとしていた。
最近も「ばあちゃんにまた罵声を吐かれた!」なんて言ってたから、まだまだお元気と思っていたのだけど…それでも「看取り」の覚悟と準備は着々と進められていたようだ…。
105歳のめほちゃんのおばあちゃんは、華奢なめほちゃんやお母さん(実娘)と違って、とても豪傑なおばあちゃんの風格だった。女手ひとつ自ら立ち上げた「はきもの店」の店主である。
豪傑おばあちゃんと、ひよっこめほちゃん。⤵

わたしも子どもの頃、何度か靴を買いに行った記憶があるし、高校時代はよくめほちゃんのお部屋に遊びに行っていたので、喋ったことはないが存在感のあるおばあちゃんだったわ。そう…その頃からず~っと「おばあちゃん」だったのよ。
「おばあちゃん歴」がそれ程に長いということは、めほちゃんのご両親もまたご高齢になっていて90歳近いと言う。そう、めほちゃんは長年にわたって高齢者に囲まれているのだ。ひとりっ娘なもので。(近くに嫁に行っているけれど)自宅と実家を行き来する生活。
今朝、めほちゃんから葬儀後初めて電話があった。まだ忙しいと言う中…少し話せると言う。もちろんやはり、葬儀の大変さの話を聞いて欲しいようだった。…わたしもそうだったもん。
喪主は娘婿であるお父さん。娘夫婦中心の体裁を整え、本人達もなんとか務めあげたい気持ちなのだが…。如何せん先にも言った通りふたりは90歳前の高齢…。
孫娘のめほちゃんはそんな両親に配慮しつつ、手回し・手配・下準備等々それは大変だったらしいわ。マネージャーというか現場監督というか下働きというか…。
そして、葬儀の際も最前列の親族の席に座るでなく、後ろで立ちっぱで弔問客に挨拶をする孫娘の立ち位置だったそう。59歳の孫っていうのも…なかなか存在しないものね。
まあ、それは介護をしている時からの日常茶飯事な事で…いつも一番大変な立ち位置にいるめほちゃんなのだった。介護にしても「はきもの店」の切り盛りにしても、お母さんの影武者になって働いてきた。“ばあちゃんの為”は“お母さんの為”だったのだ。
わたしはそんな話を、折に触れてずーっと聞いてきた。
だけど…苦労話だというのに、めほちゃんはいつも描写が巧みでコミカルに喋るものだから、わたしはいつもゲラゲラ笑ってしまう。めほちゃんも泣き笑いよ。
きょうのところはまだまだ序の口の話だったけれど。
また笑ってお喋りが出来たらいいわね。
以前「週刊新潮」の特集記事にも載ったことがある、おばあちゃん。⤵

訃報は高知新聞にも載りました。
コメント