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「ネコジム」誕生秘話

わたしのこと

 小学校5年生の時だったか。

担任の先生が学級通信を作る際、わたしは「挿絵」を頼まれるようになった。

毎日提出する「日記」に絵も描いていたので、面白がられたようだ。

 中学校に上がっても、わたしは度々職員室に呼ばれ学級通信など印刷物の挿絵描きを頼まれた。

だいたいお昼休み後の掃除の時間に、校内放送で「職員室に来てください」と呼び出しがかかる。

するとわたしは、持っている雑巾や箒を友達に渡して急いで駆けつける。

職員室に入ると男の先生の「りくおじ」がデスクから立ち上がり、ニコニコしながら自分の椅子にわたしを座らせるのだ。

冬の寒い日、ストーブでガンガン暖められた職員室は子どものエリアと大違いの極楽だ。

手を冷たくして掃除している友達のことを、ふと思う。

座らされた椅子は毛糸のカバーの座布団が敷いてあって、りくおじのぬくもりが残っている…。

椅子の背もたれ越しに、原稿を指して「ここと、ここに。」と指示される。

指したところには、スペースが空けてある。

わたしはサーッと前後の文章を読んで、そのスペースに頭に浮かんだものを描く。

生徒の作文などが多かったので、似顔絵を描いたり情景を想像して描いた。

りくおじは、わたしの邪魔をしないように向こうのストーブに当たっている。

「できました」と見せると、たいがいニコニコしたり笑ったりしてくれた。

持ち場に帰るといつも掃除は終わった頃で、わたしはなんだか得した気分になったものだ。

自分の学年以外の、2年生や3年生の学級通信の挿絵も頼まれたことがある。

田舎の学校なので学年が違っても顔見知りだから、それとなく似顔絵を入れたりすると喜ばれた。

わたしも自分が描いたちょっとしたイラストが、何枚も印刷されて拡散することがうれしかった。

 時を経て、わたしは母親になった。

子育て期は毎日新しい発見や驚きにあふれていて、自然とそれを親類や友達に伝えたいと思う。

それを写真に撮るけれど、写真だけでは伝わらないことがあると思った。

子どもを持つと自然と子どもを描くのが楽しく、上手くなった。

それを手紙に綴るも、ひとりひとりに書くのが面倒になり、1枚をコピーをすることにした。

それが「猫の事務所」という家族新聞となった。

近況報告のお便りを書いて子どもの成長を「4コマまんが」に描いた、それこそ学級通信のようなもの。

それを親や、親戚、友達に封筒に入れて送った。

第1号を、たまたま募集していた「家族新聞」コンクールに送ってみると「優秀賞」なるものをもらった。

新聞は、第8号くらいまで発行した。

 その後、「4コマまんが」ばかりを描いて集めた「あしたもハレルヤ」という冊子を手作りした。

この時も、たまたま雑誌のこじんまりした企画「イラスト甲子園」という募集があったので、送ってみたらグランプリになった。⤵

DSC_2268

…だからどうってこともないのだけれど。

懐かしい4コマまんが(みのちゃんが3歳くらい)。

 そしてパートの仕事を辞めた今、ブログをはじめた。

10年くらい日記をつけたりもしていて、自分の考えを記しておきたい性分なのだろう。

自分の思うことや頭の中の絵を、多くの人に見て欲しいという気持ちが子供の頃からずっとあるのだと思う。

ブログ名は、やっぱり「ねこの事務所」にした。

「ネコジムさん」と呼んでね。

コメント

  1. ココ より:

    絵がうまくて羨ましいです。
    そして家族新聞もらったら嬉しいだろうなと思いました^ ^

  2. mana より:

    ありがとうございます!
    ブログ発信をがんばるので見てくださいね(^^)/

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