11月27日(木)
午前0時、突然の訃報。兄者(あにじゃ)が亡くなった。
先月「63歳誕生日おめでとう、その後具合はどうですか」のラインメールしたじゃないの。返事がペコリのスタンプだけだったのが…気になったけれど…。
みのちゃんに静かに伝える。「…きっとアナタにはお世話になることになると思う…頼むね?」「うん。」
お風呂に入っていたパパにも伝える。「!ええ~⁉まだ若い…」と絶句。
みのちゃんとパパには取り敢えず寝てもらわなければ(体力温存)。わたしは眠れるはずもなくリビングのコタツに移動して、暗闇の中あれこれ考える。兄者(あにじゃ)家族は今頃、悲しみと戸惑いと混乱の中にいる事だろうと察する…わたしが今すべきことは…?
兄者のスマホからコンタクトを取って、息子ショウヘイとラインで繋がり連絡が取れるようにした。しばらくして状況を聞くと葬儀会館に移動したようだった。
夜明けにみのちゃんを起こして、取り急ぎ兄者に会いに行くことに。(パパにはひとまず仕事に行ってもらう。)
7時過ぎに到着。小さな家族葬の会館だった。
控室のような4畳半ほどのスペース。兄者は、腰高の(空調の効いた?)カプセルの中に寝かされており、まるで展示物のようだった。…なんだか…たじろぐ。戸惑いながら焼香する。そして、泣いて憔悴しきっている兄嫁やショウヘイから話を聞く。
イスがふたつしか無いし長居が出来そうもなかったので、パン屋さんの焼きたてパン(美味しいのがいいよね!)と温かいコーヒーを差し入れた。その後、一旦帰宅。
その日の午後、葬儀の日程が決まった。30日がお通夜、1日が告別式。
11月28日(金)と29日(土)は、喪服の準備をしたり、身体を休めたりして過ごした。
その2日間は兄嫁達家族にとっても一旦休息となっただろう…(亡くなるまで看病が大変だったらしいから)。わたし達も、ももちゃんを亡くしたばかりだ…。
11月30日(日)
お通夜。
3日前はカプセルに入っていた兄者だったが、しっかり棺に納められ…きれいに整えられていた。(開いていたお口も閉じて)眠っているようで安心した。
祭壇にはゴジラが…!

幼い頃から怪獣が好きだった兄者…。皆の笑いを誘う。和尚も「これが例の…ですね?」とニコリとしていたので許可を取ったのだろう(棺にはNG)。
儀式では、導師様(和尚)がお経を唱える中…兄嫁と息子2人が号泣で辛かった。
その後、導師様がそんな家族に「自分も父親(前住職)を64歳で亡くしました、すすり泣く息子さん達の気持ちは痛いほどわかる…明日は皆でしっかりと見送りましょう…云々」と言葉をかけてくれた。アラフィフくらいのまだ若い導師様だ(先代住職から引き続き両親の法事のお世話になっている)。寄り添ってくれている感が、ありがたい気持ち。
その後も、和尚は故人について「どんな方でした?どんなお父さんでした?」と性格やエピソードを家族に聞いて回った。明日の儀式の引導文にするつもりだろう。
すると次に和尚は、わたしの前に腰を屈めて「幼少の頃はどんなお兄さんでしたか?」と顔を覗き込んだ。そのとたん…わたしは涙があふれてしまった。だって、だって。その場は「夫」「父親」の立場が優先されていたし、わたしも兄嫁や甥っ子達を励ますことばかり考えていたから。…不意を突かれてしまった。
考えてみると兄者の63年の人生の前半部分を知る人は「妹」であるわたししか、その場にいなかった。
20歳頃の兄者。⤵ このオートバイの後ろに初めて乗っけてもらったのは…わたしだ。みんな知るまい。

わたしもゴジラ映画、好き。
妹は、兄者からたくさんの影響を受けました。


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