豆柴ももちゃんがいなくなって、3か月が過ぎた。
秋~冬~春と季節が移り変わっても…悲しみは続いている。

自らの喉元『食道』で例えると、当初は飲み込めなくて“苦しい苦しい…”だったが、今はようやっとゴクンと奥に飲み込めた感じ…かな。消化まではなかなかな道のりだ。
みのちゃんは若いから、胃のあたりまで行っただろうか?…それともまだお口の中でもごもごしているのだろうか、そんなことも…聞けないでいる。ももの話はお互いに一切しないのだ。
先日土曜日は、ももちゃんの4日後に亡くなった兄者の百か日法要。
法事は…なんだか憂鬱な気分になるバチ当たりなわたしである。…だけども今回は新しい仏壇の開眼供養、合わせて納骨式も行うので大切な法要となっている。みのちゃんが一緒に行ってくれるのは心強い。
11時から始まった。お経がいつもより長く感じた。

和尚の袈裟の柄が、筋斗雲(きんとうん)なのに釘付け。
兄者の息子達は、位牌・仏壇をコンパクトながらも良い物をセレクトしたらしく、和尚に「いいのを選ばれましたねぇ!重さが違う」と褒められていた。国産の木で作られていてナチュラルな感じ。兄者もさぞかし喜んでいるだろう…と思えた。
また、次男坊のコウヘイはお骨を小さな壺(マイ壺)に分けてもらっていた。その壺も「いいのを選んでいる」と言われた。
そんな息子達の愛情を感じたから、和尚はお経をたくさん読んでくれたに違いなかった。
「なんなら葬式の時より読みましたよ…!」と朗らかに言っていたもの。40代の若き住職。
お寺の裏にある墓地に移動して納骨式。先日のような雨が降らなくて良かったし、ぽかぽか陽気に恵まれた。
石材店の人?(おじさん2人)が来て、墓石を動かしてくれている。
先に入っている両親の骨壺がある。和尚が「中を見てみますか」と見せてくれた。「若くして亡くなっているから時が経ってもしっかりした骨ですね」と言った。わたしは「ふうん…」と見ていた。「亡骸だ。終わっている」と自分に言い聞かせた。
兄者のお骨を納めて、重たかろう墓石をグググと閉める時、和尚が「もうしばらくは開けませんよ!!」と家族に喝を入れた。
法要後の別れ際、わたしは次男坊のコウヘイに話したい事があったのを「そうだそうだ」と思い出した。
「お通夜の時だっけ?コウヘイの数珠が切れてバラバラになったやん?…あれって良い事らしいよ。おとうさんがコウヘイの厄を切って落としてくれたって意味らしいよ。良かったね!」
やはりコウヘイは、あの事を不吉に思っていたらしく「そうなんすか?よかったぁ」とにっこり笑った。
スピ系の学習をしていたのが役に立って良かった。
お昼ごはんを食べて2時に帰宅。
とても疲れてしまった。要らぬ気を使ったせいか…頭痛も。そう…法事は苦手なので…今後は少しずつフェードアウトしていきたい…(希望)。

菜の花は食用で買ったやつ。

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