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「重い」わたしの想い

わたしのこと

 “人は変わらない”のは知っている。自分だってそうだもの。

でも「成長」はするんじゃない?

本を読んだり芸術に触れたりして感性を高めることはできるんじゃない?

それによって視野が広がり、今まで見えなかったものが見えたりするんじゃない?

そんなプロセスを生きることが楽しいことなんじゃない?

『浜省ライブにみほちゃんを連れて行く』プロジェクトの始まりは今から5~6年前にさかのぼる。

その頃から、わたしとパパは毎年のように浜省ライブに行くようになっていて…その折、ライブTシャツなどを同じく長年のファンであるみほちゃんにも買ったのがきっかけ。「一緒に行けたら楽しいだろうなあ」と思うのは至極当然なことだった。

でもみほちゃんは当時、浜省にも自分の世界にも蓋をしてしまっている生活状況だった。映像作品のひとつも持っていなければ、プレーヤーも壊れているとかで「無い」と言う。

そんな閉じこもったみほちゃんを、わたしは「浜省」というツールで引っぱり出そうとした。それが功を奏したのはみほちゃんの浜省愛が無くなったわけではなかったから。みほちゃんはBlu-rayを備え、今ではほとんどの映像作品を揃えるに至った。

だけど、みほちゃんは100歳を超えるおばあちゃんの介護があり、両親も80代…なのでライブには「行きたいけど…行けない」と言う…頑なな心。「どうにかして行けないの?」「行けん」…それはコロナ禍でますます困難となった。

昨年の浜省アリーナツアーの大阪城ホールのチケットは、わたしが勝手に用意した。乱暴なやり方だ。「あなたの席が取れたよ?さあどうだ!」と詰め寄ってやっと「行く」決心をしたみほちゃんだった。105歳のおばあちゃんの容態により、ギリギリまで行けるかどうかはわからない状況というのは、わたしも身もだえするような心境だったから、あんな思いは2度と嫌だ。

どうしてそこまでしたのか…それは浜省のライブの内容にあった。わたし達が高校時代に聴いていた80年代のセットリストだったから。これに参加できないなんて「ありえんやろ!」という思い。そして70歳代に入った浜省様の年齢もあった。もう後がない…。

わたしの願いはギリギリの橋を渡るように、叶った。これは昨年のブログに書いた。

そして今回のファンクラブイベントのライブツアーも、無事にみほちゃんとみえこちゃん、パパとの同級生4人で参加できた。その計画は簡単なようで小難しかった…が、わたしの夢はこうして現実となったのだ。わたしはとても努力をしたと言えるだろう。

『青の時間』は、すばらしく素敵な浜省、大人の浜省のセットリストだった。

みほちゃんは浜省グッズをあれもこれもと買い込み、バッグにぎゅうぎゅう詰めて帰って行った。今はそれに囲まれ浜省を聴き、幸せな時間を過ごしているという…。

みえこちゃんも、阪急百貨店でお土産をたくさん買って満足して帰って行った。楽しい旅行となったのだろう。

「ありがとう。ありがとう。」「楽しかった。楽しかった。」ふたりに何度もお礼を言われた。でも…。

わたしが聞きたいのは…そんなことじゃないんだよ。

あなた達が手にしたのはグッズやお土産の品?…浜省とのひと時の幸せ?得た物はそれだけ?

…何やら伝わらない…もどかしい想いが残る。これは何だろう?

それは今、ふたりに聞いたとて…「?」わからないのかもしれない。

このイベントが「心の糧」になっているのかどうかなんて。そこから気付き、成長し、発展するものがあるのかどうかなんて。わたしはそれを望んでいるし、見たい。見せてよ。

…ただの「想い出」として消えていくだけなら虚しいだけ…。

わたしが努力したのは「想い出作り」の為のサービスではない。今後の「未来」の為だ。

何はともあれ、わたしのプロジェクトは終了した。

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