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『わが家の暮らし』がある

暮らしのこと

 豆柴ももちゃんは安定した日々を送っている。

ももちゃんは『蛋白漏出性症』という基礎疾患からの『消化器官の癌』を患った。そして昨年の夏に摘出手術をした。その後は、抗がん剤とあらゆる薬の投与を日々続けながら今に至っている。

なので、その安定を保つ為…マミィであるみのちゃんは、日々細やかな配慮をしている(ももちゃんファースト)。自分の事よりも『ももの為に』という心情が随所に見受けられる。

みのちゃんは、ももちゃんが食べる鶏ささみやサツマイモはできるだけ良い物を(目利きして)調達してくる。そして、その買い物袋には必ず小さなおもちゃが入っていて、ももを喜ばせる事も忘れない。

ももちゃんファーストの生活が、みのちゃんの暮らし。

ももちゃんの主食は、医師に勧められたフード(療法食)。

が、なかなか喜んでは食べてくれない。⤵

なので、ささみ・さつまいも・ヨーグルト、という限られた食材を(焼いたり蒸したり混ぜたり)工夫してトッピングし…時間をかけて食べさせている。

本人(もも)は、もっとジャンクなものが食べたい!と思っているに違いなくて…(例えば人間の食べ物、ねこのカリカリ、散歩中落ちている物…etc.)。でも、良からぬ物を食べさせるわけにはいかないのだ。

そんなみのちゃんは、昼間は在宅ワーク、夜勤の仕事にも出ている。ももちゃんの具合が悪くなった時に、サッと病院に連れて行けるような働き方をしている。

そんなみのちゃんを、パパを、サポートするのが、わたしの役割だ。山ほどの洗濯、掃除、炊事、あらゆる名もなき家事。そして、犬ねこ達の世話。それが、わたしの暮らし。

みんな誰しもが『楽しい』だけでなく『大変』をも受け入れた上で、自分の役割を担って生活しているのだ。(『辛い』は受け入れたくないけどね。)

さて、この5月は義母の三回忌法要がある。

わたしとパパも帰省をしなければならない…のに、日取りが決まっていない。

昨年の一周忌も、義兄は日取りをなかなか決めず…結局、命日を過ぎての法要という失態であった。なのに…今年も尚?今だに決まっていない現状…。なぜサッサとお寺に電話して決めないのか…不思議。先月から幾度となくパパに催促の電話をしてもらっているが。義兄は「まだ先じゃけね…」と相変わらずな返答。

昨年同様…わたしの胸に黒いモヤモヤしたものが生じ、それを考えると頭痛をも併発…健康上大変よろしくない。

義兄は、世の中のルールや一般的な判断基準の確立がなされていないようだ。ゆえに、決断することができない…?亡き義母の言いなりに、これまでやって来たから?むむ~う。

わたし達にも『わが家の暮らし』があって、都合がある。決まらないのは困る。

…と書いていたらラインメールが入った。パパから。「31日土曜日で決まり」と。

命日は28日なのに…今年も失態。

ここだけで言わせてください。「バカじゃないの」

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