あれは…3か月ほど前だったか?『心は脳である』というブログタイトル内で、自分の記憶力の無さにほとほと呆れる話をした。…カレンダーの8月20・21日に〇の記しをしているけれども、それが何なのかさえ思い出せないでいるという情けなさ…。
しばらくしてそれが“パパの職場が変わる”という、まあまあ大事な予定だったと判明。8月20日が最終日、21日が休日。…という意味だった。
パパ本人が機嫌よく働けるのが一番。わたしから何も言う事はない。が、一方、それに伴って、お弁当作りが終わることになった!これは、わたしにとって大きな変化となろう。
5年前…コロナ禍でその時もパパは転職を余儀なくされ、それを機にわたしのお弁当作りが始まった。
お弁当は作るのも食べるのも大好き。お弁当は宝箱、アート、みたいに思っているわたしは快く引き受けた。子ども達のお弁当作りの経験はあるけれど、パパに毎日お弁当だなんて…愛妻弁当ってこと?それは…初めてよ。単純にウキウキした気持ちになった。
ところが如何せん…大食いパパ。お弁当箱が大きいサイズ。木のわっぱにいい感じに…なんておせちや懐石料理じゃないのだから、それは悩ましい事となった。
毎日どうにかこうにかおかずを詰める、“これでよかろう”弁当を作り続けた。パパのお弁当は可愛くない、とブーたれる。
たまにビジュアルが良さげなお弁当が作れたら、写真に撮ったりもしたけれど。⤵

なるだけ冷凍食品は使わない。でも、えびシュウマイは可愛いので採用。⤵

最近になって、パパが「お弁当、写真撮ってるねん」などと言うのだ。「ええっやめてよ、撮らなくていいよ!」…見栄えも悪いし、蓋をしてつぶれたお弁当なんか撮って欲しくないわ。
と言いつつ、パパがそんな事をするなんて珍しいな…と思い、ちょっぴり照れくさい気持ちにもなった。それはお弁当が、パパへの「プレゼント」になっていたってことかもね⁈ 知らんけど。
この度ファイナルということで、画像をもらった。




パパが撮影した約100個のお弁当(5年間で1000個以上は作っている計算…)。並べてみたら圧巻ではある。
あと5個作ったらお終い。


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