スポンサーリンク

Y医師からの手紙

猫のこと・犬のこと

 昨日、わが家の郵便受けに葉書が届いていた。

Y動物病院からだった。そこには手書きの文字が一面に並んでいた。

「ん?」と、その場で目を通した…わたしは嗚咽が堪えられなく…わんわん泣いて部屋に入り、寝ぼけ眼(まなこ)のみのちゃんに渡した。

わたしはいつものスーパーへ食材の買い物に出かけるところだったし、その『涙の元』の手紙から逃げるように(離れるように)家を出た。

でも…道を歩いていても、カゴを持って買いまわっている最中も、涙があふれて止まらない。インフルエンザ予防にマスクと眼鏡をしているので、なんとか周りには知られず済んだけれど。

帰りの道では、冬の冷たい風に吹かれる。冬の匂い…この空気感がわたしの記憶を呼び覚ます。

昨年の今頃、わたしは努めて健康のために“もも散歩”をしていた時期。ももちゃんの術後の経過も良かった頃。当時の歩数計を見ればわかる。⤵

いっぱい歩いて…今思えば楽しかったなあ。

その時は、『寒い~』とか『え、まだ歩くの』とか、ずんずん歩くみのももの後を『待って~』なんて言って小走りしていただけだったけど…。

でも、野バラの赤い実やナンキンハゼの白い実を手折ったり、河原の石を投げたり、生き物を観察したり…そうやって自然に触れられたのは、ももちゃん散歩の特典だった。

だからだと思う。いつも外を歩くと、ももちゃんを感じて涙が出るのは。

ああ、いったいいつまで…こんな胸を掴まれる息苦しい気持ちになるのだろう。

帰宅後もう一度、おそるおそる葉書を読む。ああ、やっぱり泣かされる。なぜだろう?

病院側からしたら、わたし達は沢山の中の1患者に過ぎないし、ましてや扱うのは短い命の動物達である。こうやってお悔やみ状を下さるのも業務の一環であろう。手の空いたスタッフの誰かに書かせたのかもしれない。

そう思っても、読むたびに涙が出るのは何故?

お恐れながら…検証してみる。

この、程よく走り書きの文字の率直さ。

最初の出だし文字の位置・大きさから、そこに“書きしたためたい気持ち”を感じ取ることができる。

一見雑字にも見えるけど、わたし達に寄り添った優しい言葉を選んでくれている。そして、忙しい時間を割いて書いてくれているのを感じる。

…やはりY医師が直々に書いてくれたに違いない…と思うのだ。

ちゃんと見てくれていたのだなあ…。確かにY医師が直に待合室のわたし達に「お入りください~」と、声をかけてくれた場面も度々あったのだ(小さな医院だったので)。

もちろん“しっかり診てくれた(手術もしてくれた)”のも感謝だけれど。

見てくれていたんだなあ、ももちゃんを。みのちゃんを。と思うと…涙が出るのだった。

ありがとうございました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました