幼少期(5~6歳)から漫画を読んでいた…と思う。
小学館『小学一年生』という付録付きの月刊誌を、小学校に入る前の年から買い与えられていて、その中に『ニャロメ』や『ひみつのアッコちゃん』がいたはずだ。何かしら本を与えておけばおとなしくしているから…という、勤めに出ていた母の考え(策)であろう、と思う。
『小学1年生』背表紙がペコちゃん!

他には、『リボンの騎士』のサファイヤや『アタックNо.1』の鮎原こずえ、等が好きだった…古い記憶。それらは既にアニメーションにもなっていたから、動画と漫画本の両方の記憶が混ざっている。

当時は都会(大阪)に住んでいたので、映画館の『東映まんがまつり』や、兄に合わせて東映のゴジラや大映のガメラ等、怪獣映画をよく観に連れて行かれた。『大怪獣ガッパ』って知ってる?
現在でも兄のアイコンはゴジラだ…。
その後7歳から、すっごい田舎に転居。近所に女の子の友達がひとりもいなくて、学校以外はひとりで本を読むことが多かった。
少女漫画誌『りぼん』『なかよし』『マーガレット』『フレンド』『コミック』『花とゆめ』『ちゃお』に限らず、兄の少年漫画誌『ジャンプ』『マガジン』『サンデー』『チャンピオン』『キング』も読んでいた。それらは、買わずとも親類宅などから回って来るのだった。手当たり次第に読んだ。
学校の図書室の本も制覇する勢いで読んでいたから、大人に「マンガばっかり読んで!」と怒られた事はない。宿題も帰ったら直ぐにやってしまう。思えば…それだけわたしは“ヒマ”だった。する事がなかったのだ。
母も本好きだったのでよく本を読んでいた。彼女もまた、田舎暮らしが退屈だったのかもしれないな。
小学校高学年の頃だったか…そんな母が池田理代子の『オルフェイスの窓』の単行本を1冊買ってきて「これは何巻も続いておもしろいわよ(きっと)」と勧めてくれた。池田理代子の『ベルサイユのばら』路線を推して来たわけ。
もちろん嫌いじゃないし、従って読むのだけれど…そこら辺から自我の芽生え?が出てきたのか「わたしの好みは…もしかしたらこれじゃない」と思うようになった。
一通りの漫画には目を通した。その上で、わたしは自分の好きな漫画の世界を確立していくのだった!
特に好きなのは、いわゆる“おとめちっく”路線。当時の『りぼん』の主流。
陸奥A子さんの世界が大好き。
外国の巻き髪のお姫様のロマンスという壮大な派手派手ドラマではなく、ふつうの女の子の日常のストーリー。巻頭カラーの絵の色使いもシックでおしゃれ。「これだ!」と思った。それはなんかこう…自分の感性と他者の感性が合致した瞬間の衝撃(出会えた喜び)で震えるような…。たぶん、浜省少年がビートルズを聴いてRock ‘n’ Rollに恋をしたように。
陸奥A子さんの漫画は、ストーリーは単純でも主人公の暮らしぶりが細かく描かれている。細部まで(素敵!可愛い!)情報量がいっぱいなのだ。背景のお部屋のインテリア、ファッション、雑貨、喫茶店などのお店、それらはわたしにとって憧れであり、理想であり、夢であり、将来の指針となった(大げさだけど)。
中でも、わたしが17歳の頃の『こんぺい荘のフランソワ』が陸奥A子さんの最盛期ではなかったろうか。一風変わった主人公が着ているツナギ・割ぽう着・オーバーオールの服装に惹かれた。白いツナギは父に頼んで自動車修理店で譲ってもらって手に入れたっけ。
わたしの10代は、みっちり『りぼん』『陸奥A子』と共にあった(他もあるけど)。
そして、割ぽう着は40年経った今でも愛用することになる。
つづく。


コメント