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ポコちゃんの散骨

猫のこと・犬のこと

 先代ねこの「ポコちゃん」が亡くなって11年と半年が経った。(享年13歳)

わたしの子ども達にとっては初めての「飼ねこ」ポコちゃん。家族4人だった頃の象徴であり、その分思い入れがある。なので…お骨になっても手放すことが出来なかった。可愛い「ポコちゃん」の存在を、ずっと感じていたかったのかもしれない…。

…いや、違う。少なくともわたしは。

ポコちゃんの避妊手術をしなかった自責の念が、わたしにはある。「外に出るのは怖がるから」…なんて理由で病院に連れていくことをしなかった。そんなわたしのエゴからポコちゃんは癌になり、あちこちに転移して…終末を迎えた。病院にかかったのはその終末の2回だけ。痛み止めや点滴の処置だ。

ポコちゃんが亡くなった日の朝。わたしは仕事で、みのちゃんが看病する日だった。看護のローテーションを組んでいた。

ポコちゃんには既に食欲がなく「食べなくなったら終わり」と院長先生に言われていたのだと思う。出勤前の忙しい朝、わたしは無理やりシリンジで給餌した。みのちゃんが身体を押さえる係で。

病院でもらったチューブに入った高栄養のペースト。クッチャクッチャするポコちゃんの口から緑色のペーストがはみ出る。イヤそうな顔…それが、わたしが最後に見たポコちゃんの姿。

数時間後、最期を看取ったのはみのちゃんで、その時…恐ろしくて布団を被ってしまったという。

そんなポコちゃんに対する数々の申し訳なさが…わたしにはある。わたしのエゴ、失敗、後悔、間違いの数々。だから…お骨を手放すことが出来なかった。

手放せない=執着だ。…でももう、それも手放さなければ。

なぜなら、後に続く年寄りねこ達がいるから…。ちびちゃんは14歳、グーグー13歳、ククちゃん12歳、タン子ちゃん11歳…と続いている。イッチと豆柴ももちゃんはまだいいとして。このままでは骨に囲まれて暮らすことになる。

ポコちゃんへの申し訳なさは…いつまでも心に残っている。

お骨は散骨することにした。

骨壺のふたを開けるのはドキドキ。でも、触っているうちに平気になった。骨はカラカラに乾いて軽かった。田舎の川で拾ったきれいな石で粉々にした。お椀1杯分くらいになった。パウダー状にしないといけないらしい。

みのちゃんはどんな思いなのか、お骨を見ることも触れることも拒んだ。が、わたしのしたいようにすればいいと言った。

ももちゃん散歩でよく来る海に散骨することにした。

ポコちゃんは、大きな広い自然に還った。

写真、みのちゃん。

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