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田舎への想い

わたしのこと

 わたしが言う「田舎」とは「故郷」の事。

わたしが生まれたのは大阪の堺だから、四国高知にある田舎は「生まれ故郷」ではないけれど。

6歳から18歳までの多感な時期を過ごした大切な場所に間違いはない。

誰かに「田舎(故郷)は好きですか?」と聞かれたら、わたしは複雑な気持ちになるだろう。

わたしは「田舎と両親」を捨てるような気持ちで高校卒業後、家を出た。

「ここに居てはダメだ」と思ったからだ。

今となっては両親は他界したものの、田舎の高校の同級生(パパ)と結婚したから、今でも帰省する「田舎」は同じである。

帰省の際、大きな橋を渡って四国徳島に入った辺りで、自然と方言が変化する。

周りが山ばかりの景色になると胸がキュンと締め付けられる。

帰省の季節が夏であっても冬であっても、その都度身に覚えのある空気、匂い、湿度…。

自分が子どもの頃に感じた空気感に包まれると、懐かしい気持ち3割、7割は苦々しい気持ちになる。

パパや子どもたちはどんな気持ちか知らないが、わたしのような気持ちではないだろう。

 ずいぶんと帰省をしていないが、最後に帰ったのは3年前の夏だ。

わたしとみのちゃんの休みが合って、急に思い立っての帰省だった。(パパは仕事)

高知市内のホテルに泊まったので帰省と言うより旅行の気分だった。

そのホテルは「セブンデイズホテルプラス」と言って、かねてから泊まりたいと思っていたホテル。

わたしの好きなイラストレーター大橋歩さんの「アルネ」という雑誌に紹介されていたから。

ビジネスホテルだけれども、アートがあってセンスの良いオーナーのこだわりがあるのだそう。

部屋はふつうな印象だったけど、朝食をステキな空間で食べられて幸せな気持ちになった。

器もわたしの好みだった。

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非日常のビジュアル、好ましい空間や雰囲気は、わたしにとってだいじな事なのだ。(豪華と言うのではなく…)

その後、高知市内から山奥に向かって1時間半ほど車を走らせて、パパの実家に到着した。

足が悪い義母は、茶の間に座りっきりで暮らしていて…わたしはともかく孫の顔を見ることができてうれしかったことだろう。

かぼちゃを炊くというので、代わりに作った。

わたしの1番の目的は河原の石拾い。

急な帰省で滞在時間が短かかったせいもあるが、誰にも会いたい気持ちにならなかった。

(訪ねれば、親友のみほちゃんや親類がいるのだけれど…。)

ただ…子どもの頃と同じように川の流れの音を聞いて河原にしゃがみ込んでいたかったのだ。

みのちゃんも一緒に石を拾ってくれた。

川を渡った所に結婚式を挙げた神社があって、散策したりした。

…癒されたひと時だった。

石を拾うわたし。⤵(雨が降って水の量がやや多め、普段は澄んだ清流です。)

帰り際に、温泉や道の駅にも寄って帰った。

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これがベランダにある、わたしの小さな河原。

苦々しい思い出のある田舎だが、わたしを遊ばせてくれた山や川の自然がわたしの「故郷」なのだろう。

厳しくも美しい…自然の宝庫。

その中で育ったことは良かったと思っている。

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